ファッション

エコロジーとかエコエコと叫ばれて久しい。もう最近は地球温暖化とか節電よりも北からのミサイルとか、アベノミクスのほうがよくとびかう。

その時代ごとにとびかうワードは違う。2000年に突入するときには、みながミレニアムにわいていた。1999年からついに2000年代に突入だといって。

すぎてみればなんのことはない2013年である。

そして時が経って放射能も忘れられるのか。原発はどこへ。

ファッションはつねに新しく生まれ変わる。流行るものがいいのであって、良いものだから流行るのではない。そしてファッションのベクトルは、どこへ向いているかよりmとにかく新しければよいということ。そして常識となってみなが知ってしまったものを裏切ってまた塗り替えられていってしまうのがファッション。

毎日のダイヤモンド

ダイヤを

デイリーにつけましょうというファッション系サイトのキャッチ。

ダイヤって特別な日だけじゃなくても、毎日着けたっていいのですよという意味でしょうか。

どんなジュエリーでも着けるひとの気分を明るくしてくれるなら、いつつけようが自由だと思いますが、周囲に気を配るとTPOも考えないといけないということもあります。

場違いということば、それなら周りにまぎれる、隠れることはいいことで、誇示しすぎることは悪いという伝統でもあるのでしょうか。

みんなと同じだと安心するとか、お揃いにするペアリングという概念も根強いのも事実。

結婚指輪もお揃いが基本なのかもしれませんが、近年の傾向は、それぞれ気に入ったものを着けるカップルも増えていると思います。

ダイヤモンドには呪いがあるとは、いったい誰が言い出したことか、マーフィーの法則のように、何かが起きたという強烈な記憶は、そのダイヤモンドに絡んで起こったと紐付けされて言い伝えられ、呪いと結び付けられて都市伝説となったのでしょう。

ホープダイヤ ブルーダイヤの呪い

めずらしいブルーダイヤは羨望の的でもあり、希少という魔法で価値あるものとされ、注目を集めます。それにまつわるストーリーはいわばネタとして登場する機会も増え海をも渡って人々が話題にするトピックになります。うわさも口コミもそういう現象のひとつです。

ダイヤモンドの輝きとよく言われますが、不純物が無い透明度の高さこそが希少価値なはずですが、ブルーのダイヤモンドというのはいわばブルーに光を屈折させる内砲物のせいで網膜に青く認識されます。

工業用ダイヤモンド

ダイヤモンドには茶色もあれば黒もあり、天然の石なのでさまざまな内砲物が入ったものがあります。ダイヤといえば光り輝く宝石だと思いがちですが、工業材料、ガラスを切る工具の尖端や旋盤の刃として、研磨のためにダイヤは磨耗に最も強く、高熱を帯びても耐えうる身近な存在です。

資源の呪いとダイヤ

ダイヤが埋もれている国、アフリカのコンゴ民主共和国

ダイヤモンド鉱山は施錠されていない宝石箱のようなもので、掘りだして富を得る過程で略奪、暴力、武力、汚職と資源の呪いによって国外へ持ち出される地域もいまだに存在し、国連の監視の眼も行き届かないところがあります。そしてその受益者がダイヤモンドの消費者です。

ジュエリーと服装の選び方

アイリス アプフェル というファッションアイコン

どういうときにどういう服装を選ぶか、周りのひとと似たようなかっこう、つまりひとり突出してしまわないように、共感をえられるようなスタイルを選ぶとき、それからそういった周囲への配慮をいっさい必要ないときの服装。ひとはいろいろな場面で好きな服装をしているようで、実はきちんとTPOを考えてふるまっているのだと思います。

指輪の選び方も、普段どこでつけるのか、それによって周囲の眼がきになるなら、突出してしまわないリングを選んだり、ときには目立ちたいとか、仕事にそうした制約がいっさいない業種ならおもいきり自分流を誇示したいとか、そういった観点から結婚指輪も選ばれているようです。

ファッションがあぶりだす周りへの意識

ひとがまわりのひととどう接しようとしているか、周囲をどう意識しているかを如実にあぶりだしているのがファッションのようです。個人的な服装の趣味でピンクが大好きだとか、カジュアルが好きだとか趣味趣向の現われともとれますが、一方、TPOを考えなくては外に出られません。早朝ごみを出す、だれにも姿を見られないときの外出と、人前に出ると意識した外出では、ひとはきちんとそれをふまえたかっこうをしているものです。

そうした意味で、アクセサリーひとつとってみてもそれをどう選んだのかで、そのひとの周囲に対する感覚が読みとれてしまいます。

リングに年輪を刻むということ

マリッジリングを使うということは、それだけその指輪と一緒にいるというあかし、傷が残っていくのは時間の経過した証拠。それが幸せの見えるあかしなのです。

ひとの肉体は年齢を重ねればそれなりにしわも刻まれていきます。でも結婚指輪のきずというのは、からだが衰えていくしわのように傷が増えるのではありません。

それは幸せな時間の堆積なのです。

指輪がそれだけ愛用される、そのパートナーとともにすごしたという見えるあかし。

時間の可視化

しわとかたるみといったエイジングを嫌う価値観を広告によって植え付けられた美容の世界は他のジャンルにも少なからず影響を与えるでしょうか、それともまったくアンティーク家具のように、歴史と味をいつくしむ文化はやはり美しいと誰もが思うままでしょうか。

結婚指輪にも経年劣化といったいいかたがあるにはありますが、歴史を味として、時間の経過の歴史、重み、幸せの可視化とも言える年輪ととらえることもできるのです。