ふつうの自分とか今とか、新しい自分とか、いつもと違う自分って言ったって、しょせん自分はひとりしかいないではないですか。
ファッション誌にいつもと違う自分の演出みたいなことばが並んでいるけれど、いつもの自分じゃないみたいな素敵な自分とかおしゃれする気分で変身とか。結局それも自分なわけだけれど、これは誰というそのだれというイメージっていうのは誰が決めるのか?
やっぱり自分の外見とか印象をコントロールするのは自分ではあっても、それをどう受け取るかはひと、他人なわけです。そして自分のなかで、ほんとうは私はこんなひとと思っているだけではだめで、それを外にあらわして、他者にわかっていただかなくてはならないわけです。そうすると、まず第一印象を判断するのは服装とか趣味とかセンスとかみだしなみなわけで、それがひとの印象を一番左右する外皮なんですね。ファッションはひと。ひとの皮なんです。一番最初に見える。
だからそれさえ着替えればあたかも中身までが変わったかのように受け取られるし変身できればそうふるまっていい許可を外から与えられることになります。ワイルドな活発な女性の恰好していれば、ハイヒールで闊歩できるし、ひきずった古着で選択を一度もしていないようなダメージ服であればそういう印象になる。だれもが自分のカテゴリーをわかっていて、それにふさわしい衣装をまとっているのだと思います。
結婚指輪も。
